- tadakohhirosimasun0
- 4月30日
- 読了時間: 1分
私の父親は、弓削にある学校の先生をしておりました。なので、私たちはそこの|官舎《かんしゃ》で|暮《く》らしておりました。近くには|海岸《かいがん》があり、よく泳ぎに行っていたように思います。父親は泳ぎが得意で、私たちを連れて、自分の泳ぎを私達に見せていたように思います。現在の父親にその|面影《おもかげ》はございませんが、当時はガタイが良く|筋肉質《きんにくしつ》な父親でした。|私達《わたしたち》|兄弟《きょうだい》の中では、一番下の弟がその面影を最も良く残しているように思われます。私にその面影はあまりございません。

コメント